小樽市民会館に向かって坂を登ると、雪が覆う木々の間に見える鮮やかな赤。
一面の雪景色の小樽公園内で、赤を際立たせながら空に向かってそびえ立つのは、版画家・一原有徳のモニュメント『炎』です。
夏になるとモニュメントの周りに緑が繁り、冬とは異なる迫力になる
「一原先生はモノタイプと呼ばれる一版一刷版画で高い評価を得た版画家。私の営む額縁屋のお客さまであり、版画家として多くのことを教えてくださった師匠のような存在です」と話すのは1906(明治39)年創業の老舗・宮井額縁店の代表で、版画家としても活躍する宮井保郎さん。
宮井さんの作品は、絵の具を塗りつけた紙を転写させるデカルコマニー版画という技法で、金属板などに絵具やインクでじかに描写し、紙をあてて図像を刷りとるモノタイプとは異なる技法です。
「ご自身の技法とは違う私の版画を面白がってくださって、私は正式な弟子ではなかったけれど、先生の推薦で北海道版画協会の会員になることができたんですよ」と宮井さんは話します。
宮井さんと宮井さんのデカルコマニー版画「SUMMER」
店内の一角がギャラリースペースになっていて、市内で活躍するアーティストの作品を中心に展示されています
宮井さんが「先生」と慕う一原有徳は徳島県に生まれ、3歳で真狩村に移住。小学校卒業後に小樽市に移りました。美術の世界に足を踏み入れたのは遅く、当時勤めていた小樽地方貯金局の先輩である油彩画家から油絵道具を贈られて始めた41歳の時でした。
「一原さんが油彩制作を始めて6年ほど経ったある日、パレット代わりに使っていた石版の上に偶然残った図像に惹かれて、その転写を試みたそうです」と宮井さん。
この発見が転機となり、石版にインクを平たく塗り、その表面を削り取っていく手法を追求。金属の版にインクを一面に塗り、スクレイパー(へら)などでインクをこそげとった跡を紙に映すモノタイプ技法で多くの美術家たちの注目を集め、異色の版画家として50歳でデビューしました。
一原有徳(1910-2010)
(写真提供:市立小樽美術館)
小樽公園に『炎』が設置されたのは、1984(昭和59)年。宮井さんが所属している小樽中央ライオンズクラブ設立25周年記念事業の一環でした。
「小樽中央ライオンズクラブが25周年を迎えるにあたって、モニュメントを設置しようかという話が持ち上がり、当時実行委員を務めていた私が一原さんに相談したのがきっかけです。一原先生は版画家で、依頼したのは立体作品の制作でしたが、快く引き受けてくださいました」と宮井さんは振り返ります。
「一原先生と二人で、どんなモニュメントにしようかと、このお店の中で話し合いをしていました。当時、ハレー彗星が数年後に地球に再接近するとテレビが騒いでいて、ハレー彗星の動きをモニュメントにしてみたらどうだろうか、なんて案も出てきたりして。一原先生が紙に何度も図面を描いて、ああでもない、こうでもないと言いながら、頭を悩ませていてね。そのうち、先生が描き損じた紙を捻ってポイっと放り投げたんです」
目の前に転がる書き損じ。自身が捻った紙のフォルムを見つめ、「ちょっと待てよ、これだ」と呟いたと言います。
「この捻りが面白い!と一原先生は言うわけです。『炎』は巻かれたようなデザインになっているでしょう?あのデザインの元になったのは、一原先生が捻って捨てた図面の描き損じだったんですよ」
ひらめきの場に立ち会った宮井さんは嬉しそうに語ります。
捻った紙から生まれた炎のデザイン
「一原は、版画制作において、常に偶然性のみを創作のスタートとし、何かをイメージしてつくることはありませんでした。誰もやったことのないことをやりたい、という信念があったからです。言葉を変えると、何にも見えないように作品を作っていた、と言えます。それは、作品のタイトルにも表れており、『LLC(a) 』などあえて単語にならないように英単語を羅列したタイトルにしています」と話すのは、市立小樽美術館の学芸員・山田菜月さん。
『LLC(a)』1961年制作
紙・亜鉛版モノタイプ(市立小樽美術館蔵)
石版に偶然表れた図像を原点に版画家としての歩みを始めた一原有徳。
偶然性を創作のスタートにしていた一原にとって、モニュメント『炎』が描き損じて捻った紙であったことも、彼にとっては自然な流れだったと言えます。
「自然の風景と人工的なモニュメントという相反する関係は、版画のネガとポジの関係に似ていると一原は考えていました」と、山田さん。市内の鉄工所で仕上げたスチール製の『炎』もまた、豊かな緑の中に際立つ人工的なモニュメントです。
「実はこの『炎』、鉄工所で制作した際に切り落とした部分を『炎Ⅱ』として銭函駅前にも設置したんです。銭函駅前は海が近いため、残念ながら塩害で傷んでしまい、数年前に撤去してしまいましたが、小樽公園の『炎』と共に長く親しまれていました」と宮井さんは話します。
一原は1994年に、幼少期を過ごした真狩村の河川公園内に、真狩村開基100年を記念した『翔』というモニュメントを制作するなど、その後も版画に捉われることなく次々と新しい表現に挑戦。2010(平成22)年に、100歳でその生涯を閉じるまで数々の作品を残し続けました。
坂を上がっていくと見えてくるモニュメント
市立小樽美術館3階にある一原有徳記念ホール
生前の一原に密着したドキュメンタリー映像が出迎えてくれます
館内の一角にある一原有徳のアトリエを再現した展示は、使用していた道具など、一原の息吹を感じる空間です
記念ホールでは様々な企画展を開催中
「一原先生は私の作品をとても面白がってくれて、自作と交換したこともありました。常に新しい表現を好み、人柄も作品もユニークな方でした」と宮井さんは語ります。
一原の逝去の翌年、宮井さんたち小樽中央ライオンズクラブの尽力もあって小樽市立美術館の3階に、一原有徳記念ホールが完成。2024年2月には、「一原有徳モノタイプ×宮井保郎デカルコマニー」と題した二人展を、一原有徳記念ホールで開催しました。
白銀の中で、そそり立つモニュメント『炎』。
その鮮烈な赤は、二人の版画家の絆と、絶えることなく燃やし続けた創作への情熱のようです。
【SCENERY】空の景・宙の景 沢田哲郎×一原有徳
一原有徳記念ホール
小樽市色内1丁目9番5号 市立小樽美術館3F
TEL 0134-34-0035 FAX 0134-32-2388
詳しくはこちら
宮井額縁店
小樽市花園1丁目3番3号
TEL・FAX 0134-23-1607