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第66回岸田國士戯曲賞受賞作・札幌初公演
バナナの花は食べられる

2023.08.29 UPDATE

2023年9月に札幌で初公演する第66回岸田國士戯曲賞受賞作「バナナの花は食べられる」。2020年5月からオンラインを上演の場として取り組んだ「バナナの花」を起点にした本作は、フィクションで現実を乗り越えて生きようとする人々の人情劇です。待望の札幌公演を前に、範宙遊泳の代表で作・演出家の山本卓卓さんに話を伺いました。
PHOTO/表紙・舞台写真:竹内道宏、インタビュー写真:大橋泰之(マカロニ写真事務所)


 

 
―山本さんが演劇に関わり始めたのは、高校時代の部活動がきっかけとのことですが、それ以前に演劇に触れる機会はありましたか?

 演劇の原体験は小学校時代のお楽しみ会です。当時好きだった仮面ライダーやお笑いの要素を取り入れた脚本を書いて発表していました。それが「演劇」だという意識はなかったのですが、クラスメイトから「楽しみだよ」と声をかけられるのが嬉しくて。セリフを並べたメモ帳のようなものでしたけど、お楽しみ会の時だけ、自分がクラスの人気者になったような気がしていました。もともと好奇心旺盛で、写真をやっていた祖父の影響もあって、演劇を志す前から映画や音楽、小説などジャンルを問わずあらゆる文化芸術を自分の「栄養」として意図的に摂取していた感覚がすごくあります。

―高校時代は映画に興味があったことから「映画演劇部」に入部されていますね。

 部活名に「映画」とありましたが、実際は演劇しかやっていない部活で。けれど、チャップリンも最初から映画を撮っていたわけではなく、始まりは舞台。演劇は全ての演技表現のベースにあると思い至り、「映画を撮るために演劇をしよう」と考えました。

 


 

―平田オリザさんが教授として演劇指導をしていた桜美林大学への進学を決めたのは?

 部室の本棚に、小劇場を賑わせたり、演劇史に名を残してきた先人たちの戯曲集や演劇書が並んでいました。他の部員は誰も手をつけていない本棚でしたが、僕は全て読んでいて、進路を考える頃には演劇の面白さに気づき始めていました。映画を撮るのは別に今じゃなくてもいい、まずは演劇をやろう、と思ったんです。

―桜美林大学入学後、すぐに範宙遊泳を立ち上げていますが、劇団ではなく「演劇集団」と表現されていますね。

 高校時代に部室で読んだ戯曲集や演劇書に刺激を受けて、入学当初から教わるよりも自分でやりたいという気持ちが強かったんです。演劇をやるならば劇団を立ち上げるべきだろう、と。ただ、「演劇に人生を捧げる」のではなく、「数あるやりたいものの一つに演劇がある」という感覚で、範宙遊泳は劇団ではあるけれど、クリエイター集団のような形態をイメージして立ち上げました。古くから演劇界隈にあった「貧乏でも苦しくても、やる気さえあれば良い、お金なんて二の次だ」といった考えには違和感があって。演劇で食えるようになるには、かなりの時間と覚悟が必要です。僕自身は続けていきたいけれど、それを劇団全体に強いるべきではなく、就職するのも自由だし、自分の人生を選んでほしいという思いがありました。

 


 

―演劇の礎を築いた先人たちへのリスペクトと、演劇に向き合う姿勢の柔軟さを両立しているんですね。

 はい。演劇にあるそうしたネガティブな要素は柔軟に変えていきたかった。楽しい方がずっといいじゃん!って思っています。

―2014年のTPAM(国際舞台芸術ミーティング)での公演をきっかけに、マレーシア、タイ、シンガポール、インドなど20代のうちから国際舞台での共同制作を展開されていますね。

 それまで、コラボレーションという言葉に正直ピンときていなかったのですが、彼らと対等にやり合おうとするとコラボレーションにならざるを得ない。個人創作であれば1人で我を通してやれば良いけれど、集団創作は関わる全ての人たちの意見や創造性を含めて一つの作品が成り立っています。誰か一人でも欠けると形にならない、そんな作品を作っていこうと思えたのは、海外での共同制作の経験が大きいです。

―岸田國士戯曲賞を受賞した「バナナの花は食べられる」も含め、山本さんの作品には「世間の端っこにいる人たち」が描かれています。お楽しみ会で活躍したり、劇団を旗揚げしたりと、活動的な印象を受けますが、山本さんご自身は、実際どういったタイプの性格でしょうか?

 学生時代からずっと、周りから変なやつだと思われていたんじゃないかな。出来上がった空気の中に一人で入っていくのがとにかく嫌で、誰よりも早く登校して、教室で一人イヤホンをして音楽を聴きながら読書をし、自分で教室の空気を作る……そんな生徒でした(笑)。僕自身、「フロントマンじゃない」という自覚がずっとあったんだけれど、お楽しみ会では脚本を書いて演劇をするし、みんなのことは楽しませたいという気持ちもあって。僕は、自分自身をこの世界の主役じゃないと思っている人がとても愛おしいんです。自身を主役だと考えている方がずっと生きやすいだろうに、そう考えない人をとても謙虚だと思うんです。「バナナの花は食べられる」に出てくる登場人物たちは揃って主役的なキャラクターではありません。けれど、僕はいつだってそういう人間を主役にしたくなるんです。

 

 

―山本さんの作品は、そうした登場人物たちが抱える痛みを高解像度で描き、人間の核心に迫っていく印象があります。

 人間の本質を描くことを諦めたくない、疲れたくないという気持ちが常にあります。本質なんて捉えなくても人間関係は成り立つし、生活だってできるけれど、僕の癖なのか、どうしても相手の本質を見たくなってしまう。戯曲に出てくる登場人物たちに対しても同じ思いを抱いていて、彼らの本質はどこにあるのだろうかと考え、そこを知りたくて書いています。そして、登場人物の本質というのは、突き詰めていくとそれは、合わせ鏡にした僕自身のことなのかもしれないと思いながら創作しています。

 

 

―登場人物の本質を掘り起こすというのは同時に、自分自身を曝け出すような作業なんですね。

 僕は自分を取り巻く環境や、社会の動きなどリアルタイムで起こっている出来事を無視したくないタイプの作家です。現代社会の中で自分の心が今、どういう状態にあるのかということも全て作品に入れていきたい。演劇って暮らしの延長線上にあるものだと思っています。例えば、僕は作品に文字や映像を演出として取り入れていますが、現代って手元に活字があることが日常じゃないですか。演劇は常に喋り続けているけれど、現実は話すよりも携帯電話を見ている時間の方が長い。文字をスクリーンに投影することで、携帯電話を見ているという状態を抽象化して表現しています。

―演劇は暮らしと地続きにあるということですね。「バナナの花は食べられる」では、コロナ禍という出来事も特別視することなく描いていました。

 過去に起きた全ての出来事は必然だった、と考えて生きています。そうした方が、様々な困難に対しても割り切ることができますから。僕は多くの人が素通りしてしまうような出来事を無視できない性格なんだと思います。他人にとって些細なことでも僕にとっては大事で。でもそうした困難も、自分が成長するための必然なんだと考えることで、気持ちが楽になるし、生きやすくなりました。コロナという出来事もまた暮らしの中の通過点であり、困難だけれど乗り越えられる問題なのだと自分自身にも言い聞かせていました。

―「バナナの花は食べられる」の起点でもあるオンライン演劇「バナナの花」は、公演延期や中止が相次いだコロナ禍の中でも演劇ができる、ポジティブな動きだと感じました。オンラインという手段についての思いをお聞かせください。

 僕は常日頃、自分のレパートリーを増やしたいと思っています。僕の中には、様々なカテゴリに分けられた本棚がいくつもあるんです。「オンライン」という手段は、コロナ禍という背景も手伝って主流になりつつありましたが、「オンライン」というカテゴリの棚を新たに作ったという感覚ですね。

―「心の声など聞こえるか」(2021年)では、これまで作・演出を兼任していた山本さんが、脚本執筆のみに専念されています。これも新しい棚ができたということですね。

 そうです。「心の声など聞こえるか」は、演出家として俳優との関係の築き方を見失いかけていた時期で、一度距離を置いてみようと考えたのがきっかけでした。以前、福岡で演出家としてワークショップを行ったのですが、その時に参加者の一人から「私たち受け手は山本さんにハッピーにしてもらっていますが、山本さんは誰にハッピーにしてもらっているんですか?」と聞かれたんです。確かに、僕は俳優にハッピーになってほしいから、良い現場、良い作品を作るために良い空気を心がけ、良い座組みにしようと思っているけれど、僕自身は誰にハッピーにしてもらっているのだろうって改めて思ったんです。演出家はプレッシャーが非常に強く、そして孤独です。そう気づいた時に、自分が独りぼっちに思えてしまった。いざ、作家に専念してみると、自分が書いた言葉を役者や演出家が声に出してくれることが最高にハッピーなんです。音声化することがこんなに嬉しいことなんだという気づきもありました。演出家として疲れてしまった時期に得たこの経験は、自分がこの先、演出家として振る舞うための栄養になりました。

―「キャメルと塩犬」(2023年)では、作・演出・音響・照明・映像・出演・企画・主催の全てを担うソロ企画に挑戦されました。

 スケールを小さくしてでも、全てを経験してみたいと思ったんです。もちろん、経験したからといって、全てを知ったことにはなりません。知らないことの方が圧倒的に多いですし、知らないことが多いことはとても大切なことです。また、俳優として、自分で書いた言葉を自分で発してみたいという気持ちに駆られたというのも理由の一つです。一人で全てをこなしてみた棚を新設した感じですね。作品を作るたび、僕は自分の中に新しい棚を作りたいんです。棚は、まだまだ無限に増えていくだろうと思っています。

―岸田戯曲賞受賞から少し時間が経ちましたが、現在の心境をお聞かせください。

 自分自身にもたらすものは決して小さなものではなく、岸田賞の権威を肌で感じました。同時に、岸田賞は権威ではあるけれど、関係者も含めたお祭り騒ぎのようなエンターテインメントにして楽しんでもいいのではないかとも感じました。これは受賞した今だからこそ言えることなんですけどね。受賞を逃してきたこれまでは結構辛いものがあって、「あなたに気があるんだけれど、ね」なんて、思わせぶりな態度を取られているような感覚でしたから(笑)。やっと振り向いてもらえました。

―「バナナの花は食べられる」は、待望の札幌公演です。

 範宙遊泳は毎回、意識的に作風を変えています。範宙遊泳を以前見たことがある人は、その変化を感じていただけるだろうし、初めての人は「こういう演劇もありなんだ」と思ってくれるとすごく嬉しいです。


山本卓卓
(やまもと すぐる)

劇作家・演出家。範宙遊泳代表。 幼少期から吸収した映画・文学・音楽・美術などを芸術的素養に、加速度的に倫理観が変貌する現代情報社会をビビッドに反映した劇世界を構築。アジア諸国や北米での公演や国際共同制作も多数。 『幼女X』でBangkok Theatre Festival 2014 最優秀脚本賞と最優秀作品賞を受賞。 『バナナの花は食べられる』で第66回岸田國士戯曲賞を受賞。

範宙遊泳 Theater Collective HANCHU-YUEI

2007年より、東京を拠点に活動する演劇集団。 現実と物語の境界をみつめ、その行き来によりそれらの所在位置を問い直す。 生と死、感覚と言葉、集団社会、家族、など物語のクリエイションはその都度興味を持った対象からスタートし、より遠くを目指し普遍的な「問い」へアクセスしてゆく。 舞台上に投写した文字・写真・色・光・影などの要素と俳優を組み合わせた独自の演出と、観客の倫理観を揺さぶる強度ある脚本で、アジア諸国・北米での公演や共同制作も多数。

範宙遊泳 バナナの花は食べられる

[作・演出]山本卓卓
[出  演]埜本幸良 福原冠 井神沙恵 入手杏奈 植田崇幸 細谷貴宏
2023年9月22日(金)・23日(土・祝)
[22日]18:30開演 [23日]13:00開演 ※開場は開演の30分前

クリエイティブスタジオ
札幌市中央区北1条西1丁目 札幌市民交流プラザ3階

全席指定・税込
前売券 一般/3,500円 U-25/2,000円
当日券 一般/4,000円 U-25/2,500円
※U-25券は要証明書
 
(ストーリー)
2018年夏。33歳、独身、彼女なし、アルコール中毒、元詐欺師前科一犯の“穴蔵の腐ったバナナ”は、マッチングアプリ・TSUN-TSUN(ツンツン)に友達を募る書き込みをする。 出会い系サクラのバイトをしていた“男”は、釣られているとわかりながら課金してきたバナナに興味を持ち、彼と会ってみることにする。 「人を救いたいんだ・・・」と言うバナナと男はいつしか僕/俺「ら」になり、探偵の真似事をしながら諸悪の根源を探しはじめる。

●公演に関するお問い合わせ
公益財団法人北海道文化財団 TEL:011-272-0501(9:00~17:30 土日祝日を除く)
http://haf.jp/event_takumi-dodo.html
主催:公益財団法人北海道文化財団 札幌文化芸術劇場 hitaru(札幌市芸術文化財団)
後援:北海道 
制作協力:ダブルス 
協力:tatt Inc.
https://haf.jp/event_banana.html

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