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第9回北海道戯曲賞大賞受賞公演
チェーホフも鳥の名前

interview ごまのはえ(ニットキャップシアター)

2024.07.26 UPDATE

「チェーホフも鳥の名前」は、サハリン(樺太)を舞台に、国同士の思惑に振り回される街と人々の暮らしを描いた約100年の物語。2024年8月に念願の北海道公演を控える、ニットキャップシアター代表・ごまのはえさんに、話を伺いました。

PHOTO/表紙写真:後藤 悠樹、インタビュー写真:大橋泰之(マカロニ写真事務所)、舞台写真:井上大志 撮影協力/京都芸術センター(「チェーホフも鳥の名前」支援施設)


 
―本作の舞台であるサハリン島に興味を抱いたきっかけを教えてください。

 そもそもの始まりは10年以上前に、チェーホフの戯曲を題材にした作品づくりを京都府立文化芸術会館から持ちかけられたことでした。当時僕は30代前半。若手の演劇人が古典に触れる機会を作ろうという試みだったのだと思います。作品づくりのために改めてチェーホフの作品を読み進めていたところ、チェーホフの著書「サハリン島」に出会いました。それまでは、サハリンのことを僕はよく知りませんでした。子どもの頃の教科書にもサハリンだけ白色で記載されていましたし、北方領土のように返還を求める動きがあった印象もありませんでした。けれど、「サハリン島」をきっかけに調べていくと、樺太時代には非常に多くの日本人が暮らしていて、戦後一斉に引き揚げたという事実を知ることができました。

―「サハリン島」は戯曲ではなくルポルタージュなのですね。

 そうです。30歳のチェーホフが単身でシベリアを横断し、サハリン島を訪れたのは1890年。当時のサハリンはロシアの流刑地で、政治犯や犯罪常習者などが暮らしていました。チェーホフは優れた文学者であり、医師です。「サハリン島」は、チェーホフの科学者としての視線で当時の島の様子を克明に調査したもので、物語的な面白みは正直ありません。けれど北方少数民族と呼ばれる人々の暮らしや、日本人との関わりが見えたり、「世の中を良い方向に変えていきたい」というチェーホフの思いを感じ、私はそこから「三人姉妹」のセリフの原型を連想したりして、読み進めるたびに興味を引かれていきました。「サハリン島」という島の存在を、チェーホフに紹介されたような感覚でした。

 

 

―チェーホフにとっても、サハリン島を訪ねた経験は大きかったのでしょうね。

 チェーホフは兄弟が多く、創作をしながら家族の生活を支え、ようやく評価された時にはすでに結核に侵されていました。それでも病をおして、モスクワからサハリンまで足を運んだということに「サハリンにこそロシアの社会問題が凝縮されている」という彼の強い思いを感じるんです。チェーホフの作品は皮肉が過ぎているものが多いのですが、「サハリン島」で見えてくる彼は非常に熱血漢。とにかく社会を改良していきたいと願う真面目な人物であることがわかるんです。

―チェーホフは演劇人であるごまのはえさんにとってどんな存在なのでしょう?

 私にとってチェーホフは「二番目に現れるよくわからない人」です。演劇に携わる以上、読むべき戯曲として一番目に現れるのはシェイクスピアです。シェイクスピアは父親の仇を打ったり、親同士がいがみ合う中で男女が恋愛するなど、非常にドラマティックです。対して、チェーホフはまず、登場人物たちがよく喋る。そんなに喋らないだろう?というほどによく喋る(笑)。そして喋り続けるその言葉はどこか空虚な印象をうけます。また幕と幕の間で人間関係がガラッと変わってしまっていたり、名前だけは何度も出てくるけれど、劇中に登場しない人物がいたり。描かれていない事も読まなければならない作風なので、最初はとっつきにくさを感じる人でした。ですが、チェーホフの年齢を越えてしまった今、改めて彼の戯曲を通して若い頃から書き続けた執念みたいなものをすごく感じます。

―2010年に京都府立文化芸術会館と「あうるすぽっと」(豊島区立舞台交流センター)のプロデュースで「チェーホフの御座舞」というタイトルで初演されていますが、「チェーホフも鳥の名前」とは内容が異なるのでしょうか?

 チェーホフがサハリン島を訪れる、というシチュエーションは同じですが内容はかなり違います。大きく改変し、「チェーホフも鳥の名前」としての初演は2019年で、2022年に再演しました。

―本作では、政治体制が異なるそれぞれの時代に暮らす人々を描いています。

 時代を動かした偉人の手柄話ではなく、その時代の政治や社会の影響を受けて右往左往する市井の人を描きたいと思っています。僕自身40年以上生きてきて、市民として様々な総理大臣を見てきました。もし現代を舞台にした作品を誰かが作った時に、総理大臣のように上に立つ人を主役にしてこの時代を描いたら、僕は腹が立つと思うんですよ。それよりも僕らを見てくれよ、と。個人的な話になりますが、僕は大学卒業後に「やりたいことをやるんだ!」という自分の意思でフリーターを選択しました。いや、選択したつもりでした。けれど、後から考えるとその行動は、大企業が正社員を雇えないという思惑と一致していて、ある意味では新自由主義を下から支えていたのかもしれません。支えたつもりはないのに、「あの人たち」の経済政策を支えていたのではないか。自分の好きなことを自分で選んできたつもりでも、実は大きな力の影響を受けているのではないか。そんな残酷さを感じます。

 

 

―領有権が変わるたび、サハリンや樺太と呼び名も変わるなど、島で暮らす人々も右往左往せざるを得なかった人たちですよね。

 日露戦争後、日本はロシアからサハリン島の南半分を譲渡され、そこで暮らしていた北方少数民族の同化教育が行われました。自分たちは一体何者なのか、と彼らの民族的なアイデンティティを蝕んでいくような状況には、資料を読んで胸が苦しくなりました。歴史に翻弄された人々の100年の物語を書こうと思い至った理由の一つでもあります。

―右往左往する市民の一人として感じた怒りや疑問は、ごまのはえさんの創作の糧にもなっていますか。

 そうですね。ただ、演劇にとって大切なのは公演を打つことです。これは私たちの劇団ニットキャップシアターもですが、今は助成金なしで公演を打つことが難しい状況になっています。公共のお金をもらいながら、公共を批判するということが成立するか否か。私たちは今、演劇人としてギリギリのところにいるのかもしれません。

―「チェーホフも鳥の名前」の創作には、「サハリン島」以外にも参考にした資料はありますか?

 チェーホフの伝記やサハリン島の資料はかなり読みましたね。チェーホフがサハリン島を訪れる第一幕と、日露戦争後に日本領土になった樺太に宮沢賢治がやってくる第二幕は資料も豊富だったのですが、終戦後にGHQが日本を間接統治してからの第三幕を描くための資料が非常に少なくて。一冊だけ、ソ連支配下にあった1940年代の樺太に足止めをされて帰国できない日本人のことを記した書籍があり、これは非常に参考になりました。第四幕に関しては、資料として使ったわけではありませんが、芥川賞作家であり樺太出身の李恢成(りかいせい)さんの「サハリンへの旅」を読みました。樺太で離れ離れになってしまったご家族を訪ねる長編紀行なのですが、非常に感銘を受けました。

―今作は「第9回北海道戯曲賞」の大賞を受賞されています。受賞時の率直な感想をお聞かせください。

 サハリン島を舞台にした物語なので、北海道でも公演がしたいという思いがあって北海道戯曲賞に応募したので、非常に嬉しかったです。家族で食事中に受賞の連絡を受けて、喜んだことを覚えています(笑)。

 


2022年にアイホール(伊丹)で再演した際の舞台写真
 

―札幌での公演こそ少ないですが、札幌との関わりは深い印象があります。

 札幌で公演したのは、10年以上前に札幌の劇団「yhs」の南参さんの戯曲を私が演出した作品でした(2013年「消エユキ。」)。南参さんや、演劇の制作者として活躍されているラボチの小室明子さんとはかなり長い付き合いになります。弦巻啓太さん(弦巻楽団)や、劇作家の遠藤雷太さん(エンプロ)との交流もあり、札幌との関わりは多いと思います。また、日本劇作家協会の北海道支部の動きも非常に活発で、コロナ禍で3年に渡り開かれた戯曲創作講座(日本劇作家協会北海道支部・北海道文化財団共催)で講師を務めさせていただきました。札幌で活躍する若い演劇人と知り合うことで私自身も刺激を受けましたし、昨年は成果発表公演も実施できました。市内の各劇場で再演が楽しめる「札幌演劇シーズン」の取り組みも面白いですよね。札幌演劇シーズン2024では、拙作「葉桜とセレナーデ」(出演:のと☆えれき(能登英輔、小林エレキ)、演出:横尾寛)が再演されます。

―「チェーホフも鳥の名前」は8月29日に大空町での公演もありますね。ごまのはえさんは大空町でも何度かワークショップをされていますよね。

 大空町との縁は、以前、大空町教育文化会館の館長をされていた勝田全さんとの出会いをきっかけに始まったものです。地域の文化・芸術活動を支援する「一般財団法人地域創造」という私自身もよく仕事を一緒にする団体が東京にあるのですが、勝田さんは2年間派遣されていました。現場で何度も顔を合わせるうちに親しくなり、勝田さんが大空町に戻り、教育文化会館の館長に就任された時、ワークショップの企画を持ちかけてくれました。昨年は戯曲講座や、珍しい楽器を使って効果音をつける朗読会など、5回に渡りワークショップを開きました。親しみのある町での公演はとても嬉しいです。

―珍しい楽器を使った効果音といえば、ニットキャップシアターの公演では、ダンスや音楽も取り入れることが多いと感じますが、今作はいかがですか。

 「チェーホフも鳥の名前」では、ダンスはありませんが、ニットキャップシアターでの公演ではたびたび依頼するアーティスト・黒木夏海さんの歌声で鳥を表現し、パーカッション奏者の田辺響さんの演奏でサハリン島の広さや大地を表現しています。

―北海道には樺太にルーツを持つ人がたくさんいらっしゃいます。北海道での公演が非常に楽しみです。

 日本とロシアの間で何度も領有権が変わったあの島には、日本人やロシア人だけではなく、先住民の人たち、終戦後にサハリンに残されてしまった朝鮮人など政治的な事情に翻弄された人々がいました。そうやってサハリン島には渡り鳥のように様々な人がやってきて、そして去っていきました。「チェーホフも鳥の名前」というタイトルは、チェーホフもこの島にやってきた鳥の一つだという思いから、「は」ではなく「も」とつけました。本作は、チェーホフの「サハリン島」を下敷きにしたフィクションではありますが、「こういう人たちがいた」ということを感じていただけると嬉しいです。
 

家族旅行で北海道を訪れることが多いというごまのはえさん。初めての北海道旅行は礼文島だったそう。「昨年も、子供たちを連れて新千歳空港からレンタカーで知床まで行きました。かなりの長距離ドライブでしたよ(笑)」
 
 
撮影協力/京都芸術センター
京都芸術センターでは館内の制作室を無償で提供する制作支援事業を行なっています。「チェーホフも鳥の名前」も本事業を活用しています


 


ごまのはえ

大阪府枚方市出身。ニットキャップシアター代表。京都を創作の拠点に大阪、東京、福岡、名古屋などの各都市で公演を続けている。2004年『愛のテール』でOMS戯曲賞大賞、2005年『ヒラカタ・ノート』でOMS戯曲賞特別賞及び新・KYOTO演劇大賞、2007年京都府立文化芸術会館『競作・チェーホフ』にて最優秀演出家賞を受賞、『チェーホフも鳥の名前』で2020年、第64回岸田國士戯曲賞最終候補、2023年北海道戯曲賞大賞を受賞。一般社団法人毛帽子事務所役員。一般財団法人地域創造派遣アーティスト。

ニットキャップシアター

芝居/語り/ダンス/民族楽器の生演奏/歌/仮面や布などのマジカルグッズ……様々な舞台表現と「言葉」とを組み合わせて、イマジネーションあふれる作品を生み出す京都の劇団。「ガラパゴスエンターテインメント」という言葉を大事に、創作を続けている。1999年旗揚げ。劇団名はムーンライダーズの楽曲『ニットキャップマン』より。

2022年にアイホール(伊丹)で再演した際の舞台写真

ニットキャップシアター 第45回公演
チェーホフも鳥の名前

[作・演出]ごまのはえ
[出  演]門脇俊輔、澤村喜一郎、仲谷萌、西村貴治、山谷一也、石原菜々子(kondaba)、大路絢か(原脈)、千田訓子(万博設計)、山岡美穂
[パーカッション]田辺響 [歌]黒木夏海

札幌公演

[日時]2024年8月24日(土)・25日(日)13:00開演
24日はアフタートークあり ※開場は開演の30分前 ※上演時間:約3時間(途中休憩あり)
[会場]クリエイティブスタジオ(札幌市民交流プラザ3階)
札幌市中央区北1条西1丁目

大空公演

[日時]2024年8月29日(木) 18:30開演
※開場は開演の30分前 ※上演時間:約3時間(途中休憩あり)
[会場]大空町教育文化会館
(大空町女満別西3条4丁目1-11)

 
(ストーリー)
日本とロシアに挟まれた島、サハリン。この島に「チェーホフ」と名付けられた街があるのをご存知でしょうか。ロシア人、日本人、朝鮮人、ニヴフやアイヌなどの北方民族――この街に暮らした様々な人々が、ときに国家間の思惑によって翻弄されながらも生活する様子を、アントン・チェーホフや宮沢賢治ら、かつてこの島を訪れた作家達の眼差しとともに辿ります。

●札幌公演に関するお問い合わせ
(公財)北海道文化財団 TEL 011-272-0501(9:00~17:30 土日祝日を除く)

●大空公演に関するお問い合わせ
(一財)大空町青少年育成協会
 TEL 0152-74-2367(9:00〜17:30 月曜・祝日を除く)

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