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伝わる文化

御供獅子舞(おともししまい)/室蘭市

香川県から伝わる勇壮な舞

2021.07.14 UPDATE
作る人

 

 室蘭市香川町の香川八幡神社では、毎年9月15日に例祭が行われ、香川県からこの地に伝わる「御供獅子舞(おともししまい)」が奉納されています。
 「御供獅子舞」は、雌と雄の二頭立て。雌雄の獅子に4人、鳴り物である太鼓の裏打ち1人、曲打ちの子ども3人、笛3人、すり鉦1人の総勢12人によって構成されています。
 太鼓、笛、すり鉦に合わせて獅子が正方形を描くようにゆっくりと歩み、「カットントン、カットントン」の音に二頭の獅子が所狭しと踊り回るーー勇壮果敢なその様はまさに「暴れ獅子」そのものです。
 子どもたちが演じる曲打ちは途中で「獅子取り」となり、地面に伏す二頭の獅子の周りを一巡。それが終わると獅子は再び暴れまわり、圧倒的な躍動感の中で終演を迎えます。

雄が黒で、雌が茶。獅子の芸態は「四方はらい」「打込」「花見」「四方切」「のみ取り」「やすみ」「獅子おこし」変わり目として「のぼり」「四方切」「打止」。雌雄とも同じ動きをする

 演じるのは、「室蘭市香川町郷土芸能保存会」に所属するメンバーで、動きながら太鼓を鳴らす「曲打ち」は、毎年「喜門岱(きもんたい)小学校」の児童が参加しています。独特な化粧、着物、袴に赤いたすき、花笠を被るのが特徴で、その華やかで愛らしい曲打ちの姿は、いつの時代も観衆の注目を集めています。

 「御供獅子舞は勇ましい芸態が特徴。体得するにはかなりの年月が必要です。また、約20分間、最後まで演舞を続けることができる体力も必要。特に獅子頭の担い手は重さ4,5Kgの獅子頭を担いて動き続けなければならないので大変です。でもね、昔はみんな農作業で鍛えていたから軽々とやっていたもんですよ」と、保存会の会長・横関初さん(90)。自身も子どもの頃に曲打ちを経験し、獅子頭の担い手を経て、今は若手の指導や伝統の継承に力を注いでいます。

獅子頭の担い手の皆さん

 保存会の会員は25名程度。年齢層は子どもから90代までと幅広く、獅子舞を構成する12名のほかに、化粧を担当する女性陣も在籍し、本番の1ヶ月前から熱心に練習を行います。
 獅子頭の担い手は30年以上の経験を誇る大ベテランから、数年前に引き継いだばかりの30代の若手もいて、共に獅子を演じながら、ベテランは指導を、若手は学びながら技芸の向上と体得を目指しています。

獅子頭の中に仕掛けの紐があり、引っ張るとおさげ髪のような耳が上下に動く

 御供獅子舞の獅子頭は、私たちがよく見る赤い顔に金色の四角い歯の獅子頭とは大きく異なり、歯は牙のように鋭く、毛に覆われた顔が特徴です。おさげ髪のように見えるのは実は耳で、仕掛けで上下に動きます。
 獅子頭にはいくつか種類があり、御供獅子舞は「猫獅子」と呼ばれるもの。「開拓の頃に伝わったものです」と横関さんは話します。
 現在の香川県観音寺市からこの室蘭香川町に開拓者が入植したのは、室蘭市の輪西と岩見沢間に鉄道が開通した1892(明治25)年頃のこと。御供獅子舞が始まったのもこの頃だと言われています。「目の前に立ちはだかる厳しい自然の中を、決死の覚悟で切り拓いた先人たちにとって唯一の娯楽が獅子舞だったのではないでしょうか」と横関さん。コクワのつるで獅子頭をつくり、幾度も練習を重ね、故郷である香川県の獅子舞を受け継いでいきました。

 明治、そして激動の昭和へ。
 大きく変動する社会情勢や戦争で、御供獅子舞にも思わぬ災難が襲います。終戦直後の混乱の中で、神社に保管していた獅子頭と胴幕が盗まれてしまったのです。「とにかく物資不足でしたから、着るものに困った人間が持ち去ってしまったんでしょうね」と横関さん。しかし、伝統を途絶えさせてはならないと、香川県の職人に頼み、新しく獅子頭と胴幕を作り直すことになりました。
 町の人口減少に合わせて、若手の継承者が減り、御供獅子舞も一時は存続の危機に見舞われましたが、「先祖たちの意思をしっかりと継いでいかなくては」という香川町の住民たちが中心となり、1969(昭和44)年に、「室蘭市香川町郷土芸能保存会」が発足。後継者を育てながら、御供獅子舞を伝え続け、1996(平成8)年には室蘭市生活文化継承者表彰を受賞。翌年には香川県観音寺市を訪問し、本家である「百百(どうどう)獅子舞」との共演も果たしました。そして、1998(平成10)年には室蘭市の指定民俗文化財に登録。開拓期から続く御供獅子舞は、地域の絆を強くし、世代をつなぐ役割を果たしながら、今に受け継がれています。

横関会長と、保存会メンバーの皆さん

 ちなみに「御供獅子舞」の名前の由来について、保存会で広報を務める鳥海政史さんは、こんなお話を聞かせてくれました。
「愛媛県松山市の八反地の国津比古命神社にも“御供獅子”と呼ばれる獅子舞が伝えられています。大昔、洪水で流されてしまったご神体が国津宮に帰った際に、獅子がお供したことが獅子舞の伝承の始まりだと言われています。また、香川県の「家之浦二頭獅子舞」も、聖武天皇の治世時代に、八幡宮のご神体を船越に遷座した際に獅子がお供をつとめたことが起源だそうです。私たちの御供獅子舞も、きっと遠い昔に何かがあって獅子がご神体にお供をしたことから、そう呼ばれているのではないでしょうか」

室蘭市香川町郷土芸能保存会の横関会長

監修/角 美弥子(北海道教育大学岩見沢校准教授)

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