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カエル/新ひだか町

新ひだか町公民館・新ひだか町コミュニティセンターに建つモニュメント

2024.03.21 UPDATE
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 新ひだか町は、2006(平成18)年に静内町と三石町が合併して誕生した町。
1987(昭和62)年に開設された「新ひだか町公民館・新ひだか町コミュニティセンター」(旧:静内町公民館)は、かつての静内町エリアに建つ施設で、合併後も町民交流の場として長く親しまれています。

 そんな「新ひだか町公民館・新ひだか町コミュニティセンター」の敷地内には、利用者や職員の往来を見守るように鎮座する二基のモニュメントがあります。
 一つは、長く静内町の町長を務めた「種村種光翁像」の胸像。そしてもう一つは、旧静内町出身の谷岡靖則さんの作品「カエル」です。
 谷岡さんは東京藝術大学 美術学部 工芸科鋳金の教授で、建築装飾、デザイン、講習、執筆、研究等で幅広く活躍する美術家。2015(平成27)年3月にはその功績から「新ひだか町ふるさと大使」に認定されています。

 モニュメント「カエル」が設置されたのは公民館開設の2年後で、昭和から平成に元号が変わった1989年のこと。すでに故郷を離れ、東京で活動していた当時20代の谷岡さんが、企画・制作したものです。
 「実は、カエルを設置する前にも一度、商店街の活性化を図る事業の一環でモニュメント制作の話が持ち上がり、私も企画書を送ったことがありました。商店街で米屋を営む父から話を聞いて挑戦したのですが、当時はまだ若く、目立った実績もなかったため、残念ながら実現には至りませんでした」と、谷岡さん。モニュメント「カエル」は、そうした経験を踏まえながら、谷岡さんの父親が町との仲介役となって尽力し、設置に至った作品です。

澄み切った青空と「カエル」

町の歴史を築き支えた種村町長と、町の未来を想う「カエル」が並びます

 「カエルは帰巣本能が強い生物です。町の過疎化が進んでいたという背景もあって、一度町を離れた若者たちが再び“帰る”町になるように、という意味を込めて制作しました」と、谷岡さん。「空を意識できる作品にしたくて、地面から距離を離しています」と話す通り、長い台座にのる「カエル」は、まるで宙に浮いているよう。町長の胸像と並ぶその光景はとてもユニークで、決して大きなモニュメントではないものの、施設を訪れる人々の目を引く存在となっています。

細長い台座に乗る「カエル」は背丈の高いモニュメント

 ちばてつやの漫画が好きで、子供時代は近所の貸本屋に足繁く通う漫画少年だったという谷岡さん。「ちばてつや、石ノ森章太郎などあの頃の漫画はとにかく個性が強く、“個性”ということに対しての考え方は、子供時代に親しんだ漫画からも少なからず影響を受けていると思います。自分でもオリジナルの漫画を描いていましたし、中学校を卒業する頃に一度、漫画家に弟子入りしたいと言って父親に反対されたこともあるんです」と当時を振り返って笑います。
 「旧静内町はアイヌの人々が多く暮らしていて、木彫りも身近な存在。アイヌ模様を真似た木彫りもよくしていました。漫画を描いたり、石膏を彫ることも好きだったり。何かしら創作していた気がします」という谷岡さんは中学校卒業後、札幌の高校に進学。「高校2年生の頃だったと思います。学校の近くにグラフィック系のデザイン事務所ができたんです。木造の掘っ建て小屋を少し改装したような建物で、それがとても格好良くて、外からデザイン事務所の様子をよく覗き込んでいました。私自身もグラフィックデザインが好きでしたし、憧れもあって、その頃から美大への進学を意識するようになりました」と、漫画や木彫り、石膏、そしてグラフィックと多様な表現方法を通して、アートへの興味を深めていきました。

03)東京在住の谷岡靖則さん(写真提供)には、zoom取材で話を伺いました。 大学生時代は、教授の提案で町内のシャクシャイン記念館に合宿し、仲間たちとともに3 ~ 4日 間にわたり木彫り作品を制作したことも。 谷岡さん自身も、研修として学生たちを連れて新ひだか町を訪れたことがあるそうです。 「最近は廃校が多いと聞きました。廃校になってしまった校舎をただ壊すのではなく、アート活 動の場など、有効的に活用することができれば。何かお手伝いできることがあったらいつでも声 をかけてきてほしいです」と、故郷を想う谷岡さん

 谷岡さんは東京の美術系予備校を経て、東京藝大に入学。美術学部工芸科で「鋳金」を専攻し、さらに大学院まで進みました。「金属を溶かし、型に流し込む鋳造は金属加工の中で最も歴史的な加工技術です」とその魅力を語る谷岡さん。院卒業後は創作活動を続けながら東京藝大や日本宝飾クラフト学院で講師を務め、2002年には文化庁在外派遣研修員として1年間フランス・ボルドーへ。
 そして、2015年5月。「新ひだか町ふるさと大使」認定後ほどなくしてオープンした「新ひだか町図書館・新ひだか町博物館」に、「カエル」から実に26年の時を経て、谷岡さん制作の新たなモニュメント「記憶から胚胎する連鎖」が設置されました。

コンセプトは「記憶の永続性」。耳の中にある蝸牛管の形から派生してイメージを増幅させたものですが、「観る人によって視え方が変わることを期待しています」と谷岡さん

 「このモニュメントは、記憶が連鎖しながら刻まれて流転してゆく形態をイメージして1999年に制作した作品のリメイクです。鋳型の中から取り出したままの作品は、表面を酸化皮膜が覆っている状態。町の歴史を支えていく図書館・博物館に設置するために約1年間かけて磨き上げました」と谷岡さん。館内の窓から見えるピカピカに磨き上げた「記憶から胚胎する連鎖」は、町民が待ち望んでいた新たな文化振興拠点をより豊かなものにしています。

「カエル」が新ひだかの町を見つめています

 新ひだか町は、商店街のシャッターアートや、新ひだか町民芸術祭など、町民が学ぶ喜びや意欲を高めることができるようにと、文化・芸術に対して積極的に取り組んでいる町。
「カエル」と、「記憶から胚胎する連鎖」はそんな新ひだか町にとって、人々が身近に触れることのできるかけがえのない芸術です。

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