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特集

第10回 北海道戯曲賞大賞受賞公演
『迷惑な客』

七坂稲×松井周(サンプル主宰)interview

2025.09.25 UPDATE

第10回北海道戯曲賞で大賞を受賞した七坂稲さんの『迷惑な客』が、2025年11月に札幌で上演されます。演出を手がけるのは、同賞の審査員であり、第55回岸田國士戯曲賞を受賞するなど、劇作家・演出家・ドラマ脚本家として幅広く活躍する松井周さん。出演者はすべて、ワークショップ形式で行われたオーディションによって選ばれました。今回はその選考の最中、お二人に『迷惑な客』について語っていただきました。


 

 

 
―『迷惑な客』の執筆の経緯を教えてください。

七坂 この作品は2年前、北海道戯曲賞への応募を目指して書き上げたものです。ちょうど阪神・淡路大震災から30年という節目の年だったこともあり、作品を通して震災に触れたいという思いがありました。そして、あるファーストフード店で遭遇した“迷惑な客”が創作のヒントになりました。

―その“迷惑な客”とは、どんな人だったのですか?

七坂 若いカップルだったのですが、とてもはしゃいでいて、大きな声で会話をしていました。周囲の人たちは冷ややかな目を向けていたのですが、ふとその二人が、待機児童の問題について真剣に話し始めたんです。もしかしたら、子どもを預けて、久しぶりに二人でランチに来ていたのかもしれない。そう思った時、彼らの背景にある事情に想像が及び、周囲の視線もどこかあたたかなものに変わった気がしました。当時、メディアでは店内での迷惑行為が話題になっていた時期でしたが、一見すると“迷惑な客”である人たちも、その背景には様々な事情があるのではないか、と思ったんです。

 

 

―過去の戯曲でも、震災について触れたことはありましたか?

七坂 表に出ていない作品ですが、一度だけあります。宗教にのめり込んでいく家族の話で、そのきっかけとして震災があった、という設定でした。

―今作は震災の年に生まれた人々が主役ですが、七坂さんご自身も神戸市で被災されていますよね。

七坂 私は高校3年生でした。幸い怪我もなく、家も無事でしたが、同級生の中には家族を失ったり、家が倒壊してしまった人がたくさんいました。18歳という年齢は、まだ大人とは言えず、周囲の深い悲しみに戸惑うばかりでした。ただ、そんな中でも、「子どもが生まれた」と聞くたびに、強く感動したことを今でも覚えています。あの年に生まれた子たちは、もう30歳を超えました。時間の経過と同時に、「あの頃に生まれた子どもたちは希望だ」という思いが湧き、顔も知らない彼らのことをどこか愛おしく思っている自分がいて、彼らの物語を書いてみたい、という気持ちが生まれました。ただ、震災を直接描くことには、今でも抵抗があります。実際に震災を経験した人が、その様子を詳細に描いた作品を目にしたとき、「これは事実とは違う」「いや、これは本当だった」といった受け止め方になってしまう。そうした判断にとらわれてしまう作品にはしたくないという思いがあり、これまでもあえて直接的な描写は避けてきたのだと思います。

―『迷惑な客』も震災の直接的な描写こそありませんが、それがむしろ彼らの背景に震災があることを強く感じました。松井さんは北海道戯曲賞の選評でも文句なしに大賞に推した、とおっしゃっていました。

松井 候補作の初読は、まず一気に全体を読むようにしているのですが、『迷惑な客』はそうはいかなかった。当時、記号のように消費されていた「絆」という言葉や、NPOの存在、有事の際に呼びかけられる「連帯」に対して、どこか抗おうとするしたたかさもあって、刺さってくるんですよね。さらに、劇中の会話は身体性を伴って発せられるもので、読みやすいのに密度が濃く、あっという間にのめり込んでしまいました。読後、「大賞はこれしかない」と確信しました。

七坂 震災を直接描いていないので、一歩間違えると、軽いものに見られてしまうかもしれない、という懸念があったので、自分の想像を超える受け止め方をしていただいて、驚きと嬉しさでいっぱいです。北海道戯曲賞は、北海道で新しい力を生み出そうとしている戯曲賞という印象があって、過去に2度応募したことがあります。地元に根付きながら道外からも作品を募っていて、数ある戯曲賞の中でも新鮮なイメージを持っていました。大賞受賞は非常に嬉しかったです。

―登場人物の背景が切実なものでありながら、友人同士の会話の面白さが非常に魅力的で、読みながら何度も声を出して笑ってしまいました。七坂さんはこうした笑いどころが随所に散りばめられた会話劇というのが得意だったりするのでしょうか。

七坂 これまでも、多少は面白い会話を交えた作品はありましたが、今作のように振り切ったものは初めてです。そもそも、友達関係を描くこと自体が始めてだったんです。

松井 え!それは想定外というか、驚きです。

七坂 これまではどちらかというと家族の話が多かったんです。ただ、震災の時に生まれた人たちの物語を描くには、家族の話にしてしまうと物語が狭まってしまう感じがして。他の戯曲賞などの選評で「もう少し客観性を持った方が良い」というアドバイスをもらうこともあり、『迷惑な客』はある程度距離をもつ友人関係にしてみよう、と思ったんです。

松井 七坂さんの友人関係の描き方って、とても独特だと思うんです。例えば、私が男同士の関係を描くと、どうしてもホモソーシャル的な側面が出てきてしまうと思うんです。『迷惑な客』は、男同士の友人2人に女性が1人という3人の会話劇ですが、友人同士が野蛮な話をしても、誰も貶めない絶妙なバランスを保っていて。男同士の関係性が決してマッチョにならず、かつ面白くて、優しいんですよね。

七坂 ありがとうございます。特に意識したわけではないのですが、私の中での男友達同士の会話を思い起こした際に、今作のようなものになりました。

 

 

―馬鹿馬鹿しい話から急にシリアスな話題に移ったり、マクロな会話とミクロな会話が常に同居している感じにリアリティを感じました。

松井 「ポテトはしんなり派かカリッと派か」っていう軽い話をしていたかと思えば、次の瞬間には「ホヤと人類」の話になっている。スケールが急に変化するのがとても面白くて。

七坂 日常会話って、脈絡があるようでないというか、想像もしなかった方向にいきなり転がっていくものですよね。

―この作品は、無戸籍者や孤児、学習障害など、社会の中で生きづらさを抱える人への眼差しの優しさもありました。

七坂 社会的弱者とされる人たちは、もともと「弱者」として生まれたわけではありません。彼らは、生きていくなかで、少しずつ社会から弾かれたり、居場所を失ったりしていった結果として、「弱者」と呼ばれるようになっているのだと思います。彼らは私たちとは異なる存在ではなく、「弱者」とされる人たちも含めて、「社会」なのだと私は思います。社会からはみ出してしまった人や追いやられてしまった人に対して、「自己責任」という言葉で片付ける風潮が目立ちますが、そうじゃないんですよね。

―北海道戯曲賞の大賞作品は、受賞記念公演として上演されます。今回は劇団を主宰していない七坂さんの受賞により、出演者をオーディションで募ることになりました。演出を担当するのは松井さんです。

松井 北海道文化財団さんから演出のお話をいただいたときは、「この作品の演出ができるんだ!」と、素直にうれしかったです。“迷惑な客”とひとくくりにかっこで括ってしまうと、まるでラベルを貼られたように、個々の違いや複雑さが見えなくなってしまいますが、実際にはそれぞれ感じていることも違えば、背負っている背景もまったく違う。みんな、一人の人間として存在しているわけです。この作品には、そんな人間たちの濃密な言葉が交わされる会話が散りばめられていて、私はそこに、自分と似た“動物”同士が交感しているようなイメージを持ちました。私は人間を斜めからの視点で見てしまうタイプのため、今作の演出では「人間もまた動物の一種である」という感覚を、もう少し前に出していきたいと考えています。そうすることで、“迷惑な客”とひとまとめに括られていた存在が、その枠から少しずつ外れていくというか。かっこがほどけていって、個々の身体や感情が立ち上がってくるような、そんな演出ができたらと思っています。

七坂 人間は“話す”動物たちですもんね。良い面もあれば、汚い部分も含めて人間であり、動物である、という見方で“迷惑な客”を見ることができると面白いですよね。『迷惑な客』では、登場人物一人ひとりに細かな設定を与えていないので、今回オーディションで選ばれる役者さん自身が持っている個性や雰囲気が、そのまま役に生きてくると思っています。自由に、そして思いきり楽しんで演じてほしいですね。とてもワクワクしています。

松井 七坂さんがおっしゃる通り、この作品は非常に自由度が高い。役者一人ひとりの無防備な魅力がふっと立ち上がるような、オーディションもそんな空気で進めていきたいと思っていました。同じ台詞でも、人によって身体の反応や動きが違えば、言葉の出し方や響きも変わってくる。その差を楽しみながら探っていきたいです。

―この取材の前日と本日でオーディションを実施しますが、初日はいかがでしたか?

松井 いやぁ、本当に面白かったですよ。ずっとやっていたくなるような楽しさがありました。本読みはアドリブを交えながら3人1組で行いました。昨夜の夕食の献立についてなど自由に会話を交わしてもらい、そのままシームレスに本読みに入っていく手法で。アドリブと脚本の境目を設けないことで、自分自身の日常と脚本が繋がり、登場人物と自分自身が浸透し合うことを目指しました。札幌はもちろんのこと、道内外から様々な方が応募してくださっていて、私自身、とても楽しんでいます。

七坂 役者の皆さんがそれぞれ個性的で、各々のバックグラウンドを持っているのだろうな、ということを感じながら私も楽しませていただきました。私自身、札幌の演劇シーンそのものに触れるのも初めてで、札幌の役者さんたちは個性豊かで、自分を貫く人が多いな、面白いな、とあらためて思いました。

松井 札幌って演劇シーンが非常に盛り上がっているイメージがありますよね。私自身、公演で何度か札幌に来ていますが、演劇が盛んな都市だという印象を抱きました。小劇場の演劇も盛んですし、自分たちで何かアクションを起こそうという意識が高くて。

 

ワークショップ形式で行われたオーディションは、札幌のターミナルプラザことにパトスで実施。室内で最も居心地のよい場所を自ら選び、その理由を語る「自場紹介」をはじめ、ユニークなプログラムが用意され、和やかな雰囲気の中で進行。台本の本読みも、アドリブを交えながら行われ、役者の魅力が自然に引き出されました。

 

―札幌の役者さんも、道内外の役者さんも一緒になって行うオーディションは非常に楽しそうですね。

松井 演劇って楽しんだもん勝ちですからね。オーディションって当然緊張するものだけれど、その緊張が外れた時に役者が楽しんでいる様子を見ると、演出家として嬉しくなるんですよね。同時に役者それぞれの個性も非常によく見えますし。私自身、オーディションなのに爆笑しちゃったりして(笑)。

七坂 私もオーディションを見ながら、「私、あんなこと書いていたのか」と思っちゃったりして……(笑)。

松井 あのとんでもなく面白いセリフは、紛れもなく七坂さんが書いたものです(笑)。

 

 

―(笑)。登場人物の描写に余白があるからこそ、演じる役者によって雰囲気も変わると思うので、何度もキャストを変えて再演できる作品でもありますよね。

松井 そうなんですよ。役者の組み合わせによって変わる作品なんです。毎回、キャストを変えて演じるのも面白いかもな、なんて思ってしまったり。組み合わせによって想像を超える何かが起こりそうですよね。

―11月の公演が非常に楽しみです。

七坂 どこに住んでいても、自然災害は決して他人事ではないですよね。もっと言えば、災害でなくても、家族や家を失うような出来事は、誰の身にも起こりうることだと思っています。だからこそ、30年前の震災そのものを経験していなくても、共感できる部分はきっとあるはずです。そして、“迷惑な客”というひと言ではとても言い表せないような、複雑で多面的な部分もまた、誰の中にもあると思うんです。作品を通して「自分にもこういう面があるかもしれない」と感じてもらえたらうれしいですし、「こういう人、近くにいるかも」と思い浮かべてもらえるだけでもうれしい。どこかにいるであろう“人間”の姿を、舞台を通して見てもらえたらと思います。

松井 コントのように思わず笑ってしまう会話が楽しめる作品です。ファミレスや牛丼屋で、隣の席から聞こえてくる会話に、なんとなく耳を傾けるような気持ちで楽しんでくれてもいい。今現在、つらい状況にある人でも、その会話の中に、きっと共鳴できる言葉が見つかると思います。演劇をあまり観たことがない方も、お笑いが好きな方も、演劇を愛するコアなファンも、満足していただけるはずです。そして役者たちの“存在の面白さ”もぜひ楽しんでいただきたい。芝居の上手・下手ではなく、「なんだかこの人、面白いな」と思えるような魅力があると思うので。演出家としてはプレッシャーも大きいんですが(笑)。

七坂 とても楽しみにしています!


七坂稲(ななさか・いね)

1976年、福岡県で生まれ神戸などで育ち、現在は兵庫県在住。2021年、『再生』で「日本の劇」戯曲賞2021佳作。2024年、『迷惑な客』で第10回北海道戯曲賞大賞受賞。同年、『海ではないから』で「日本の劇」戯曲賞2024年佳作。


松井周(まつい・しゅう)

1972年、東京都生まれ。1996年、俳優として劇団青年団に入団。作・演出を手がけるようになり、2007年に劇団[サンプル]を結成。2011年『自慢の息子』で第55回岸田國士戯曲賞を受賞。NHKが立ち上げた脚本開発特化チーム〈WDR〉のメンバーに選抜され、NHK土曜ドラマの脚本を手がけるなど幅広く活躍中。

 

 

取材から1週間後、出演者が決定。左から梅原たくとさん(ELEVEN NINES)、福永知花さん、ポロミンさん。10月から札幌で稽古が始まります。

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