北のとびら on WEB

30周年特別号

♯02 マームとジプシー主宰 劇作家
藤田貴大(ふじた・たかひろ)

2025.11.20 UPDATE


「アートシアター鑑賞事業」などで、何度も道内をまわったマームとジプシー。
主宰の藤田貴大さんが、地方公演に対する思いを語ります。

 北海道の伊達市で生まれ育った僕にとって、観劇は特別なことでした。母と札幌まで観に行った『オペラ座の怪人』は、労力を費やして得た特別な体験として今も鮮明に心に残っています。伊達市には小学生の時にカルチャーセンターができて、著名な劇団の公演が時々行われるようになりました。これは、北海道文化財団のおかげでもあったのだと今は思います。

 上京して驚いたのは、東京の人々が必ずしも日常的に演劇を観ているわけではないということ。むしろ、演劇が「溢れていない」環境で育った僕の方が、演劇部の部室にあったVHSや雑誌を貪欲に観漁っていました。この「足りないからこそ必死に求める」という経験は、悔しさもありましたが、自身の力にもなったということを、北海道で暮らす子どもたちにも伝えたいです。
 僕が主宰するマームとジプシーは、これまで北海道文化財団の主催公演などで何度も北海道で公演を行ってきました。北海道での公演は僕を原点に立ち戻らせ、そのたびに「18歳までの自分に、今の僕が作った演劇を観せに行く」つもりで臨んでいます。

 20代で「面白さ」を追求した僕は、やがて、どうすれば人の心に「残る」のかを考えるようになりました。数年後に「あの芝居で言っていたことって、今のこの状況のこと?」と気づくこともあるかもしれません。僕はこれを「リフレイン」と呼び、観客の心の中で作品が繰り返し再生されるような演劇を作りたいと思っています。
 子ども向けの演劇を手がけるようになってから、観客との関係の大切さをあらためて実感しました。40歳を迎え「才能」という言葉をあまり信じなくなりましたが、それでも演劇を続けているのは、そこに確かな楽しさがあるからです。その気持ちは、子どもの頃から変わりません。時には自分に疲れるように、演劇に疲れることもあります。それでも、劇場という場所で演劇を介して結ばれる観客とのつながりに、僕はいつも大きな期待を抱いています。演劇とは、誰かと深く関わることでもあります。その関わりを途切れさせることなく、これからも作品をつくり続けていきたい――稽古場では、いつもそんなことを考えています。

 演劇は、ドラマや映画とは違い、役者も観客も、その日その時、同じ場所で呼吸をする「今」この瞬間にしか存在しません。この「今」を大切にする意識は、社会情勢が目まぐるしく変わる現代において、ますます重要になっています。再演する際、作品中の「戦争」という言葉の意味合いが、数ヶ月前と今とで全く違って受け取られることがあります。その時代の情勢は作品に付随してしまいます。だからこそ、どんな観客にも、そして子どもたちにも、「今」をどう見せるかを常に意識して作品を作り続けています。
 一方で、もっと多くの子どもたちに観劇してほしいけれど、なかなかそうはならない現状もあります。チケット料金の高騰もその要因かもしれません。都内でもそれは痛感しますが、北海道では普段演劇を観ない子たちが足を運んでくれる印象もあります。士別市では、野球少年団の子どもたちが観劇をしてくれたり。より多くの人たちに観劇体験を届けたい。そのためにはどうすべきか。北海道文化財団と共にあらゆる可能性を模索していきたいと思っています。

Profile
 
藤田貴大(ふじた・たかひろ)

2007年の劇団旗揚げ以来、象徴的なシーンを別の角度から見せる「リフレイン」という手法で注目を集める。2012年『かえりの合図、まってた食卓、そこ、きっと、しおふる世界。』で岸田國士戯曲賞、2016年『cocoon』で読売演劇大賞優秀演出家賞を受賞。エッセイや小説なども発表し、活動は多岐にわたる。2020年には初の小説集を上梓。

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