流れ出した氷が静かに漂う湧別川。雲の隙間から差し込む光がその水面を照らし、白く輝いています。「早春の光は希望。海明けが迫る湧別川には躍動の予感があります」と語るのは伊藤英二さん。雪解けの始まった湧別川を写実的に表現した水彩画「春光輝(湧別川)」は、美術公募展「白日会展」で一般入選者の最高位「白日賞」に輝きました。伊藤さんは同展に3回連続入選。その画力と水彩による表現力が評価され、10回前後の入選が必要とされる同会会友に、初入選から2年で推挙。油彩が主の絵画界の中で、独学で水彩に向き合い、その魅力を「臨場感や透明感は水彩だからこそ表現できるものです」と話します。
白日賞に輝いた水彩画「春光輝(湧別川)」。「光を魅せるためには影をしっかり描くことが大切」と伊藤さんは語ります。 伊藤さんは絵の題材を探すために近所を歩き、心に響く光景に出会うとそれを写真で残します。写真を元に絵を描き、その過程で再び現場に足を運び、空気感や匂い、川のせせらぎ、鳥の鳴き声などを確かめ、それらの目に見えない自然界の営みを絵に注ぎ込みます。
美しい光を表現するために伊藤さんが使っているのがマスキングインク。 これは白抜きするための道具で、マスキングされた箇所は絵具が入りこまず、乾いた後に剥がすことができるので、水彩紙の白を生かすことができます。伊藤さんは取材時にマスキングインクを実際に使って教えてくれました。
小中学校では絵がうまいと評判だった伊藤さん。美術教師からの評価も高く、学校祭では看板を描くなど「絵に関してはお山の大将だった」と振り返ります。美術部がなかった高校時代は3年生の時に仲間たちと共に同好会を発足。意気揚々と絵に取り組もうとした伊藤さんでしたが、ここで挫折を味わいます。「メンバーの中に私よりも遥かに優れた画力を持つ男がいたんです。まさに“井の中の蛙大海を知らず”。すっかり自信を失ってしまいました」。卒業後は役場に就職。たまにイベントで絵を描く程度の「絵が得意な職員さん」として過ごしました。
伊藤さんが愛用している絵の具は「ぺんてる」。「どんな高級な絵の具を使っているのかと聞かれることが多いんですよ。ぺんてるは使い心地も良くて気に入っています」と伊藤さん。 作った色は、再現することが難しいため、洗わずにプラスチックケースに残しておくそう。1つの作品に使う色数は20色以上になるといいます。
自宅2階の1室をアトリエにしているという伊藤さん。夕食後の20時から日付が変わる頃まで、水彩紙と向き合い絵を描いています。 水彩紙は大阪から取り寄せているというホワイトワトソン水彩紙を愛用しています。
再び転機が訪れたのは退職後のこと。北見市で開催していた絵画展に立ち寄った伊藤さんは、ずらりと並ぶ絵画を前に「自分もまだ描けるかもしれない」と、40年ぶりに情熱が再燃。模写や書籍を通して陰影や光、色調を学び、日本水彩展をはじめ様々な公募展での入賞や入選を経験し、自信と技術を身につけていきました。
そうして、独学で学ぶこと約10年。信じて進んだ道は決して間違えていなかったことを「白日賞」が示してくれたのです。
伊藤さんは現在、日展に挑戦するための新作を制作中。「光が照らす景色には必ず叙情がある。自然界で繰り返される動物たちの命のやりとりや、その地の歴史、美しいだけにとどまらない物語を表現していきたいです」
※伊藤英二さんが日展に入選されました。
作品は2023年11月26日まで国立新美術館で展示されています。
参考→https://nitten.or.jp/
伊藤さんが最初の挫折を味わったという高校時代の友人も、白日会展の会場に足を運んでくれたそう。「当時の話をしたら、そうなの?ってすごい驚いていました」と笑顔で話します。
1949年湧別町生まれ。湧別高校卒業。自治体職員を経て、独学で水彩画を始める。2016年日本水彩展に初出品し奨励賞を受賞。以降、東光展、一水会展などで入選を繰り返し、2021年、2022年に白日会展連続入選。2023年白日会展白日賞・白日会会友推挙。