自由に、美しく表現される文字の芸術。既存の枠を超えて、書の表現を追求するのは、月形町在住の書家・久保奈月さんです。音や光、チョコレートを用いたパフォーマンスや、点や線を分解し再構築する「解体創書」など、多彩な手法で書と向き合っています。
久保さんが書と出会ったのは7歳のとき。「故郷の共和町で通った書道教室の佐藤瑞鳳先生は、基礎を大切にする方でした」と久保さん。とはいえ、当時は書道に特別な思いはなく、どちらかといえば絵を描くほうが好きだったそうで、「何度か辞めたいと伝えたのですが、続けなさいと諭されました」と笑います。

廃校を活用したツキガタアートヴィレッジ内にある久保さんのアトリエ。
「今があるのは先生をはじめ、家族や、皆様のお陰です」と話す。
最初の転機は高校時代の書道の授業。教師は瑞鳳先生の息子・毅先生で、「文字を遊ぶような自由な書道、いわゆる遊書を教えてもらいました」と久保さん。美術部で油彩を学んでいた久保さんにとって、それは長く続けてきた書道と絵が融合する瞬間でもありました。
高校卒業後も共和町で仕事をしながら書を継続。20代前半には町内に新設されたスケートボード場のイベントで、コンパネに竹箒で書を描くパフォーマンスに挑戦。新たな表現の扉を開きました。
ツキガタアートヴィレッジの一角にある久保さんのギャラリースペース。
丸を一筆で描く「円相」。禅の書画のひとつであるこの円を、久保さんは立体的なアートとして表現しました。

ツキガタアートヴィレッジの管理も務める久保さん。
運営は札幌の照明・イベント会社株式会社CHUEMUSIC。
手入れの行き届いた館内は清々しく心地の良い空気が流れている。
28歳のときに「本格的に書の道へ」と一念発起し、仕事を辞めて単身札幌へ。アルバイトと創作活動を両立させる日々が続きました。
表現者としての道を決定づけた二度目の転機は、2014年。「縁あって参加したシカゴのアーティストレジデンスで、色を用いる手法や、書道パフォーマンスに現地の人が喜んでくれたことで、創作意欲を刺激されました」と、振り返ります。その後も毎年シカゴを訪ね、総領事館内やギャラリーでの企画展に参加。2018年にはシカゴのLinks Hallで音楽家や舞踏家と共に3日間にわたる公演に参加しました。海外での活動と比例するように、日本でも書家としての活動の幅を広げていきました。
風光明媚な月形町は創作の環境にも最適。
現在は米糠を活用した作品作りに挑戦している。
結婚を機に2019年、月形町へ移住。翌年には、廃校を活用したアート複合施設「ツキガタアートヴィレッジ」を、改修費をクラウドファンディングで募って開設。「村長」として施設管理を担う傍ら、施設内に自身のアトリエも構えています。地元高校生と共にバスの車体デザインを行うなど、アートを通じた地域交流にも積極的です。
書の基礎を土台に、文字で遊ぶ喜びを広げていく久保さん。「書は線を使った美術」と笑顔で語り、独自の世界を追求し続けています。

共和町生まれ、月形町在住。7歳より依嘱作家・佐藤瑞鳳氏に師事。全道書道展、国際現代書道展で奨励賞等受賞。2014年のアメリカ・シカゴでのレジデンスを機に渡米を重ねる。2025年、中野北溟記念北の書みらい賞・奨励賞を受賞。
●Instagram
@natsuki_kubo_calligraphy