根室駅前のビルの一角に店を構えるジャズ喫茶「サテンドール」。約2600枚のレコードが並ぶこの店は、全国のジャズファンにとって憧れの場所です。
「兄はジャズ狂、私はロック好きでした」と話すのは店主の谷内田豊彦さん。2021年、初代店主で兄の一哉さんから頼まれて、30年ぶりに関東から根室に戻り、店を継ぎました。「私は8人兄弟の末っ子で、15歳離れた長男の一哉は遠い存在。それでも兄が私に声をかけたのは、ジャンルは違えど兄弟の中で唯一音楽が好きだったからだそうです」と振り返ります。
サテンドールには約2600枚のレコードと600枚のCDが並んでいます。
「サテンドール」は、1965年に一哉さんが仲間たちと発足した「ネムロ・ホット・ジャズ・クラブ」のホーム基地として1978年に開業。同クラブは「地理的に最果てであっても、文化的な最果てにあらず」をスローガンに、地方都市でも音楽を楽しめることを発信し、その強いジャズ愛はやがて、全国に認知されるように。日野皓正や渡辺貞夫などの著名ジャズメンが訪れ、根室を「ジャズの街」と言わしめる一端となった歴史あるクラブです。
谷内田さんのお気に入りの一枚は、日野皓正の弟でドラマー・日野元彦の「流氷」。1976年に根室で行われたライブがレコード化されたものです。
若い頃に飲食店で働いていたという谷内田さん。ある程度ノウハウはあったものの、珈琲は150杯以上淹れて練習を重ねたそう。
店を継いで以来、店内でジャズをひたすら聴き続けたという谷内田さん。「兄からの唯一のアドバイスは知ったかぶりをするな、ということ。勉強させてくださいと素直に伝えて、お客さまのジャズ談義に耳を委ねるのがとても楽しいです」。店内で過ごす時間は、ジャズへの愛着、店主としての覚悟を培っていきました。
古レンガの腰壁や使い込まれた椅子とテーブルがクラシカルな趣をもたらす店内。コーヒーの香りの中で、ジャズが鳴り続ける。
店内で鳴らすレコードを選ぶのも、開店準備のひとつです。
2023年4月、谷内田さんは「ニュー・ネムロ・ジャズ・クラブ」を発足。「来年で60周年を迎えるネムロ・ホット・ジャズ・クラブは歴史があるゆえの敷居の高さがあります。ジャズの街・根室の灯を消さないために、もっと気軽に楽しめる場を作ろうと思いました」とその意図を語ります。「会員制ではなく自由参加で、月に一度、テーマを決めて集まります。お気に入りの音源を持ち寄ったり、ライナーノーツを読んで意見を交わしたり。参加者は20代から70代と幅広く、常連も増えてきました」と谷内田さん。ネムロ・ホット・ジャズ・クラブの会員になった参加者もいるなど、老舗クラブの裾野を広げる役割も担っています。
レトロな電飾看板が出迎える外観
初代店主の一哉さんは2022年8月に死去。
「思えば、店を継いでからの1年間がもっとも兄と会話した日々でした」という谷内田さん。音楽の豊かさが繋いだ兄弟の想いと共に、サテンドールは最果ての地でジャズを鳴らし続けます。
根室市生まれ。2021年に関東から根室に戻り、サテンドール3代目店主となる。2023年、「ニュー・ネムロ・ジャズ・クラブ」を発足。会長を務めている。
●サテンドール
根室市大正町1-24 営業時間 10:00〜19:00 TEL:080-5483-5652